第十七話


窓の外は既に夕暮れ。迫る群青の闇の中に小さく瞬く星が見え始めている。所々星を覆い隠す分厚い雲の固まりは沈み行く夕日の残光を受けて淵を明るく光らせていた。
ちらりと窓に目をやって、次に腕時計を確認し、ロックウェルは思い切り嘆息し机に突っ伏した。


「……おい! ロックウェル、お前ちゃんと参加しろよ!」


頭上から降ってきた穏やかとは言えない声に、ロックウェルは仕方なしに頭を上げた。見下ろしてくるのはラフにセットした髪が爽やかな、眼鏡をかけた青年。文化祭の実行委員長のロバートである。筒状に丸めた資料でロックウェルの机を叩いている。


「ロバート先輩……だってさっきから何にも進んでないじゃないですか! 3時に集まってもう6時ですよ。もう帰っていいすか」

「だめだめ! 今日中にクラスごとの出し物を決めなきゃいけないんだから……。あーもう! アルマンド! ジョルジュ! 遊んでないで席に着け!」

「違いまーす。出し物の練習してるんでーす」

 
アルマンドとジョルジュはなぜか女子生徒の制服を着ていた……。金髪の鬘をかぶり得意げにポーズを決める二人を見てロックウェルは青ざめた。ギャルを意識しているのかジョルジュは髪をくるくる指で巻く動作を繰り返し、唇を尖らせている。
長年可愛い制服ランキングbPの座をキープし、多くの受験生をとりこにしてきたハプスブルク高校のセーラー服も、彼らの手にかかってはただの余興用のコスプレ服になりさがってしまった。


「お前ら……何やってんの(汗)」

「俺らのクラスオカマバーやるから♪その予行練習」

「きもっ!(汗) 言っとくけどアルマンド……お前めちゃめちゃ似合ってないぞ」 

「何ぃ!? 俺はいざとなればエリザベート先生の役だって出来るんだぞ」

「は??(汗)」


なにやら違う次元の自身の功績を持ち出してきたアルマンドの後ろで、ジョルジュは鞄をごそごそと漁りだし、もう一組の制服を取り出した。


「ねぇねぇロックウェルも着る?」

「……着るか!!(汗)大体そういうのはフレデリックがやるって相場が決まってるんだ。絶対似合う!!(断言)」

「ロックウェル……俺そういわれても全然うれしくないんだけど(汗)」


既に枕まで用意して就寝の体勢に入っていたフレデリックはご丁寧にも起き上がって一言突っ込んだ。


「あぁ、似合いそう! フレデリック着てよ〜♪」

「やだよ……(汗汗汗)」


普通に断られてジョルジュは少々落ち込んだ。




「おい、ヤス」

「……え? 何ですか、銀ちゃん。え?俺も女装しろって? 俺が似合うわけないじゃないですか! え?そんなのわかってる? おもしろいから? ……うぅ〜……仕方ない、銀ちゃんのためならこのヤス、女装だってヌードだって……!」


3年の文化祭実行委員である銀四郎の子分のヤッさんは突然服を脱ぎ始めた。見てて気持ちのいいものではない貧弱な体が現れ、銀四郎と同じクラスの実行委員の橘は「うっ」と顔を歪め吐き気を催したようである。


「ぎ……銀。貴様子分にやらせるなんて、自分に自信がない証拠だな」

「……なんだと? 橘、なめてもらっちゃ困るぜ。いいとも、見せてやろうじゃねぇか。この俺様の実力を! 橘、てめぇもだ!」

「ふん。受けてたってやろうじゃねーか。俺の麗しき女装姿を見て鼻血出してもしらねぇぞ」

「おぉーっと! ここで銀四郎対橘の女装対決かぁ〜!? 豹柄のブレザーが売りの銀四郎と背が少しだけ高いのが取り柄の橘、勝者はどっちだ! 互いのプライドをかけたゴングが、今、ならされる〜!! でもできればどっちの女装も見たくない!」

「あーあ……ロバート先輩のスイッチ入っちゃった……(汗)」


世話焼きの性質の所為か、ノリの良さなら誰にも引けを取らないロバートがさっきから連中のアホな行動に逐一付き合ってやっている所為でこのミーティングも終わらないのである。持っていた黒板消しをマイクに見立てて解説し始めたロバートを見て、ロックウェルは遠い目をして「そうだ、クレープ屋をやろう……」と考えたのであった。





**********************





「ただいまー。あー疲れた!」


午後9時。
ゲーセンで心ゆくまで遊んできたらしいオウスは両手にぬいぐるみの袋を抱えて帰宅した。
コタツに入ってまったりとテレビを見ていたサダルは彼に一瞥をくれるとふいっと視線を逸らした。
サルメがキッチンから顔をのぞかせ、おかえりなさい、と声をかける。


「なんか、いい匂いする。サルメ、何作ってんの?」

「クレープですよ。うちのクラス、クレープ売るんでその練習です。私とロックウェルが主に調理担当で」

「へぇー。うまそう! あとでちょーだい。サダル、ただいま!」


頬杖を突いてテレビを見ているサダルの元へ向かうオウスだが、サダルは頑として彼のほうを見ない。なにやら怒っているようである。こうなったときのサダルはなかなか扱いづらいことをよく知っているオウスは危機感を覚えた。だが彼の怒りの原因が思い当たらない。
オウスはサダルの隣に同じくコタツにもぐりこみ、抱えていた袋から黄色いぬいぐるみを取り出した。


「サーダール? ほら、お土産。お前の好きなピカ○ュウのぬいぐるみだぞ」


サダルはちらと横目で物を確認し、しばしの葛藤の後、半ばひったくるようにしてオウスのピカ○ュウぬいぐるみを抱え込むと再びそっぽを向いてしまった。
オウスはサダルの不機嫌の理由が全くわからずキョトンとし、キッチンに立つサルメに目で助けを訴えたが、サルメは「そんなの自分で考えてくださいよ」といわんばかりの小馬鹿にした目でオウスを見下ろし、顎をくいっとしゃくるのみだった。心なし微笑を浮かべているようにすら見える。


「…………(汗)」


ちょっとイラッときたオウスだったが、当座の問題の解決のため気を取り直してサダルに話しかけた。


「なぁなぁ、サダル。なんか怒ってる? 怒ってるよな? どうした、私に怒ってんの?」

「……別に」

「言わなきゃわかんないって。なんで? 今日帰り遅かったから? それとも今日昼休みポルキアとご飯食べてたから? それとも体育の時間短距離走ですっ転んだカシウスをおんぶして保健室まで連れてったから? あ、もしかして今日マレークとデートしてたとこ見たとか……はっ!!(汗)」


サダルの鋭い瞳がぎろりとオウスを見返し、ようやくオウスは墓穴を掘りまくったことに気がついた。


「……なーんて、冗談冗談……(汗)」


額に縦線を描き、引きつり笑いでぶんぶんと手を振るオウスにうんざりしたようにため息を吐き、サダルは話し始めた。


「……オウスのクラス、お化け屋敷だそうですね。しかもオウス、お化け役を譲らなかったとか聞きましたよ。どーせ暗闇で女の子と二人きりになってあーだこーだするつもりなんでしょうほんと信じられないこの変態スケベ魔人、オウスなんて嫌いだーーー!!!」

「サ、サダル!! そんなことない、そんなことないって!!(汗) サルメ〜お前の弟、なんとか言ってくれよ!」

「自業自得ですよね」


大きなお皿にクレープらしきものを乗せてサルメがしれっと言い放った。基本的に弟命の彼はいつでもサダルの味方である。


「あーあ……。まったくサダルはすぐ怒るんだから。それ、クレープ?」

「いえ、ちょっとアレンジしてガレットにしました。野菜入ってるし、生地はそば粉だし、栄養満点ですよ」

「へぇ〜……さすがだなぁ」


タイムマシンでこの時代に来る前から三人の中で一番家庭的なサルメは、おもに炊事担当だった。サダルは見張り役をこなし、オウスはといえば、眠気と懸命に闘いながらうつらうつら見張りをするサダルをニヤニヤ眺めながら眠りに就く役(?)だった。

香ばしい湯気をたてるガレットに感心しているオウスの向かいに腰を下ろし、サルメはちゃきちゃきとガレットを切り分け始めた。


「はい、サダル。あ〜ん(はぁと)」

「ん……」


オウスはずっこけた。コタツをひっくり返しかねない勢いでずっこけたオウスにサルメは軽蔑の視線を投げかけた。


「ちょっと……なんですかオウス。見ないでくださいよ〜いやらしい」

「いやお前がいやらしいわ!(汗) 兄弟で何やってんの!?(汗汗汗) 大体な、お前わかってるだろ、サダルは私の恋人で……!」

「へーそうでしたっけ? サダル、ほんと?」

「……知らないっ」

「おーーい!! サダルー!!(ガビーーーーン/汗汗汗)」


どうやらサダルは完全に拗ねているらしい。ここぞとばかりにサダルを甘やかすサルメに、何も言えないオウスは拳をギリギリと震わせた。


「わ、わかった。サダル……明日の文化祭、絶対浮気しない! 約束する! そしたら許してくれる?」

「……許す? 許すって何ですか? じゃぁ聞きますけど、私がそれでも許さないっていったらオウスは諦めて浮気するわけですか?」

「い、いや……しない! 絶対しない!」

「じゃぁ私の確認を取る必要なんてないですよね。好きにしたらいいんじゃないですか」

「う……なんかサダルが怖い……(汗)」


たじろぐオウスにサルメがため息をついてそっと耳打ちをした。


「サダルが怒ってるのはね、オウス、ミスターに推薦されたでしょう?」

「え? うん……」

「あれ、オウスを推薦したのサダルなんですよ。なのにオウスは全く気がつかず、それどころかミスターに推薦されたのをネタに女の子と遊びまくってるから、怒ってるんですよ」


確かにミスターに推薦されたことによって女の子によく群がられるようになった。お調子者のオウスは気をよくしてデレデレと彼女らとつるんでいたのである。


「な、なるほど……」

「……もう、知らないよ、オウスなんか。せっかく、せっかくオウスが喜ぶだろうと思ってさ……推薦してあげたのにさ……私の気持ちなんか知らないで……うっ……うっ……」

「わぁーごめんごめん! サダル、ごめんな!? 明日一緒にまわろ? ライブとか見たりさ、食べ歩いたりしよ、な!?」

「うぅっ……ひっく……うん、まわる……」

(世話が焼ける奴らだよ全く……)


サルメはこっそりと舌打ちした。